「アストル・ピアソラ(1921-1992)」という作曲家を専門的に勉強してやろう、と思ったのは大学3年の冬でした。もちろん、それまではピアソラに対してはおそらく多くの皆さんと同じ知識しかなかったと思います。ー「『リベルタンゴ』を作った人。」その頃のわたしは、多くの芸術系の大学の学生がぶちあたる「わたし、この先の人生どうしよう?」という大きな悩みの渦中にあり、さらには耳に問題があることが発覚して、大音量の現場では仕事ができない、つまりオケマンになるという夢はあきらめなければならない、という現実を突きつけられていました。音楽を辞めようか、と切実に考えていました。


 しかしある時きっかけがあってピアソラの作品である『孤独の歳月( Années de solitude)』という楽曲を聴いたとき、 大きな衝撃が走りました。電光石火の如く、五臓六腑とわたしの大切な心の奥底までびびびっと、体じゅうを音楽の感動が駆け巡りました。ピアソラの、意思を持った力強いバンドネオンのサウンド、それに率いられるキンテート(ピアソラの五重奏団)の情熱、ミルヴァの体の底から湧き上がるカンテ(歌)。歌詞にはこうありました。「ああ、バンドネオンの音が聞こえる。」


 この楽曲はピアソラの『歌もの』の中でもとても前向きな楽曲で、バーカウンターでひとりお酒をどんどん進めていく落ちぶれた女が、バンドネオンの音を聞いたのをきっかけに、「わたしにはタンゴがある。タンゴと一緒に新しい船出をするのだ」と歌います。


 これやわ。と思いました。これがやりたい。この女に自分を重ねたのだと思います。「わたし、ピアソラをやりたい。」 それまでなんとなく進路を流れに身を任せて進めてきた自分にとって初めての選択であり、意思決定でした。


 それから今の音楽監督に相談し、仲間を集め、プロの音楽家として2016年に活動を開始したのがわたしたち【クレモナ】です。
 クラシック業界の中での認識としてピアソラは軽音楽に片足を突っ込んだ「クラシックとは捉えられにくい」作曲家であります。リベルタンゴばかりが独り歩きし(この楽曲はピアソラ自身もそんなに気に入ってはいなかった)、扱いはコンサートやリサイタルのアンコール程度。わたしも大学の時の仲間からは「そんなんで食えるわけがない」と馬鹿にされていました。しかし楽譜を学び、よく聴くと、そんな生半可なものではないのです。カッコ良さを深堀していくと、人間誰しもが持っているが、光の当たることのない心の大切な部分、嫉妬、憎悪、怒り、哀愁、愛情、この上ない幸福感を彼は作曲と演奏を通して表現していたことがわかるのです。しかも、クラシックの原理原則にのっとって、です。


 このコロナ禍で誰しもが自分自身と見つめ合う時間が増え、考えることがあったのではないかと思います。色んな感情が渦巻いているこの状況でピアソラの音楽を聴くと、何か自分の心を代弁してくれているような気がして、叫びたくても叫べないことを一緒に叫んでくれているような気がしてならないのです。


 ピアソラの音楽を演奏するとき自分たちは常に「be calm=冷静」でありたいと考えています。ピアソラ自身がそうであったように、演奏はあくまでも楽譜通りクレバーに。しかし熱い気持ちは楽器に吹き込んでお客さまにお届けする。空気を自分たちの息で振動させてお客さまと共鳴する。これがわたしたち【クレモナ】のステージの何よりもの魅力であり、醍醐味であります。


 ぜひこのピアソラ、という作曲家を今一度、わたしたち【クレモナ】の演奏で改めて聴いていただけないでしょうか。

 会場で心よりお待ち申し上げております。