音楽的な理解力を高めるために


 昨日は久しぶりにトリオの練習となりました。クレモナのトリオというのは、コンミスのみーこを除く3人での練習を指します。コンミスはなんで練習に参加しないのかは、説明がややこしくなるので、本日は割愛します。

ずっと追求されるテンポとピッチ。

 さて、昨日の練習では、テンポとピッチについてです。この二つのポイントは常に追求しなければいけなく、クレモナでは楽曲が仕上がってくるにつれて、求められるレベルが高くなってしまいます。そして、現在のクレモナの課題は、音楽的な理解力となります。確かに入試問題として出されたら「マル」がもらえるような演奏はすぐにできるのですが、理解しているかというとそこはできていないというのが、私の率直な感想です。

「マル」がもらえる演奏

 マルがもらえる演奏というのは、入試レベルでは合格という成功体験をもたらすもので、否定しようがない事実ですが、陳腐な極みのような内容でしかないのです。合格するような演奏=税務署の書類と大差ないという事でしかありません。これは、ルール通りであるのかが採点基準なので致し方がないのですが、実際の現場はルールをしっかりと体に叩き込んで上で、そこをブチ破るものでなければ、およそ音楽的ではないと私は考えております。

一日中部屋にこもって練習する行為は音楽的ではない

 演奏家の皆さまは特にそうなのかもしれないけど、一日中部屋に篭ってひたすら練習をするっという事があります。私からすれば全く音楽的ではない行為でしかないと思います。

 もちろん、多くの音楽の学習者はそれほどまで追い込んで練習できる集中力のある人はいません。よってその練習の中身が薄いものであるというのが一つ。

 そして、芸術に必要な、意外性・驚きと言った要素がどんどんとなくなり、テンプレ化した演奏になります。工業デザインならこれで結構ですが、音楽を公式化するというのは、直ちに陳腐化する危険をはらんでいます。

音楽を書く必要性

 なので、クレモナでは音楽を書くという行為を今求められています。演奏家として音楽的な文法をどの程度理解しているのか、それは楽譜を書かせればわかってしまいます。本当の意味において理解体得している者は、書けます。書けないのなら、そこが浅い部分です。

 音楽には公式によってテンプレ化できない要素がたくさんあるので、これから生身の人間が演奏するということを考える時、音楽を書くという作業はもうマストだと言えます。

 もういつまでも書く作業から逃げられないところに来ていると自覚して、これからメンバー全員が音楽を書くという作業にリソースを費やしてもらいたいです。

2021年9月2日 監督かじくん

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