新曲の《ほんとうの空》、初の練習となった。クレモナのメンバーがそれぞれ分担して作った楽曲だけど、普通に音を並べてしまうと、小学校の校歌みたいで、なんとなく親しみやすい旋律だけど、実際は歌い難い楽曲となった。初めの音出しから、こんなので、本当に良いのだろうかと悩んでの練習となった。
子供部屋おじさんみたいな音楽
楽譜に音を並べるという作業は、クレモナのメンバーでも、作曲を学んでいる学生でも、それらしいものを作ることはできるけど、それだけで作られた作品は、理解を深めるアプローチが難しい。つまり、中身がないと言うことだ。なので、わかったような、わからないような、永遠と周辺をぐるぐると回っているだけのような気持ちになってしまう。
これって、固定観念にガチガチとなって、頭ん中で考えると正しいと思っているけど、実際にやってみると別のことが起きているということに気が付かないでいる現象だと思う。
だから、いつまでも小さな殻に閉じこもって、いじいじと創作活動をしている、何年経っても売れないシンガソングライターの「子供部屋おじさん」みたいな音楽が出来上がってしまう。きっと、今の音楽の進化が分からないのだと思うし、理解がついていっていないというのがよくわかる。
音楽的なアプデができていない。
ピサの斜塔からガリレオが実験したように、自分たちの感覚に落とし込む作業が必要な時期なのかもしれない。今回の作品は、そういう意味において、新しい課題を僕に与えてくれた。これからの練習の流れとしては、縦のラインをしっかりと意識した作り方になる。
縦のラインとは?バーティカルに考えるとは?
縦のラインは、クラシック音楽では「バーティカルなライン」というけど、そん瞬間、どのように捉えるのかが重要になってくる。バーティカルに考える時、SATBの概念がないと、ヘンテコなサウンドになってしまう。(SATBとは、和声的な考え方で、上の高音から、ソプラノ、アルト、テナー、バスという声部を重ねるという考え方)
また、こういった話をすると、Sが一番大切だと思ってしまうのか、最高音にしか目が入っていない人が多くいる。それも、全く違っていて、クラシック音楽はそんなに単純ではない。これは、ボイシングへの理解が低いことに起因している。
ということで、結論を言うと、「耳を澄ます」と言うことが大切になってくる。一度、マイクになった気持ちで演奏してみたらどうだろうか?360度、ありとあらゆる方向から音が入ってくるマイクになった気持ちになって音を聞いてほしい。
徹底的に自分の音と、他の人の音を聞く作業が大切で、恐らくだけど、今のクレモナは、自分たちで思っているよりも人の音が聞けていない。音が聞けていない分、感性も閉じてしまっているし、結局は脳みそのない音楽になってしまう。それを、生身の人間がやってしまっていると言うことに、恐怖や罪悪感がないことも恐ろしい。
そこまで「音楽を単純にしないと理解できない」と言っているのと同じ
本当に、メロディーとコードだけで良い音楽ができると思っている?もしくは、それを考えたことある?B♭m7と書いてあるからB♭m7を弾けという意味ではない。そのコードの意味を読み取ることが大切で、演奏家はそこに時間をかける必要があると思う。なので、「馬鹿正直に吹いて良いことはない」と、理解してほしい。
今回のコンサートでは、その辺りの音楽性を高めた表現を皆さまに届けていきたいし、その為に、僕たちは努力し続けるべきだ。あと3回ある公開練習で、しっかりと作り込んで最高のステージにしたいので、是非とも公開練習に来てほしい。僕は自分の持てる能力を全て注いで最高に美味しいコーヒーをお淹れする。
僕からは以上です。
20251116 監督かじくん
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