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これからの演奏家に求められていること

監督日誌

今楽譜を見て演奏している演奏者の皆さんに

よく、「これからの演奏家はどのようなるの?」という質問を受けます。
今の演奏家を見ると、JAZZやスウィングが理解できないという人が多くいるのだけど、普通に19世紀までのヨーロッパの音楽を勉強したことがないのかと心配になってしまいます。(師匠に教わっていないのだろうか?)
後期ロマン派までの作品は普通にスウィングをしていたし、今日残された演奏習慣でも普通にスウィングすることを求められているし、多くの演奏家が取り入れています。
もちろん、クラシック音楽ではスウィングとは言わないで「グルーヴ」と言いますが…。

まず、クラシック音楽にしろ、ジャズにしろ、ヘンテコな演奏になってしまっている原因の多くが、正しい演奏を知らないことに起因しています。
今の時代、いくらでも正しい演奏をスマホで聴くことができるのですが、それができていない。
もちろん、それなりに聴いているのかもしれないけど、だとしたら聴き方が間違っている。
プロの演奏家としては、全くダメ。
耳のトレーニングもしていないから、頭の中で今スマホから「流れている音楽を楽譜に変換されていないのでは?」と心配になってしまいます。
これって、意外に多いみたいで、流れている音楽を音符に変換できない人が演奏家になっている場合もあるみたいです。

当然のことですが、流れている音を楽譜にできない人は、「楽譜の読み書きができない人」ということになるし、リテラシーが低い未熟な演奏家ということです。
ただ、楽譜のリテラシーの高い人は、びっくりするほど少ないんです。それは高い技術になりますが、クレモナではマストのスキルとなっています。

ではどうすれば身につくの?

まずは、楽譜に書いてある音を聞いて楽譜にする作業が大事。この作業のことを「トランスクライブ(耳コピ)」と言います。
これができるよになると「ヴォイシング」を考えた楽譜にするという作業が求められます。(これ、何度も言っている)
単に音符がなられべてあるだけの楽譜ではダメ。「文章で言うと行間のない文章」になり、これでは人は感動しません。
音が記号になっただけ。
市販の楽譜のほとんどが記号となった楽譜が印刷されています。個人的に、そんな楽譜を使って感動できる感性が理解できないし、本質からかけ離れたものになるし、200年以上前から人類が大切に受け継いでいるクラシック音楽の根幹を腐らせる行為だと思うので、やめてほしい。

ヘンテコな楽譜を使用しているクラシック音楽の演奏を聴くとなんか嘘くさく感じる

市販の楽譜って、テンプレなんですよね。
とっくに絶滅してしまったニホンオオカミのように、「まだこんなことしている人いたんだ」って思ってしまいます。
世に言うちゃんとした出版社のフェイシングを重ねたトランスクライブの楽譜を使用するのなら、まだギリわかるのですが、普通に市販の楽譜を何も考えずに信用して、それが芸術だと思って演奏している人もいるので大変。
残念だけど、とっくに絶滅した音楽なんだから、とっとと違うこと、新しいことを始めないと、生身の人間で演奏する意味が消滅してしまう。
さらに残念なことに、自分の演奏がテンプレだと認めていない人も多くいます。

生身の人間がやるということの大切さは「ムラ」だと思う

端的にいうと、良い時もあれば悪い時もある。それも、聴く人は生身の人間だということ。
型にハマっていないという状態が大切で、当然だけど、その日の雰囲気で変わります。
敏感にステージの上で変化できるアンテナ持っている人でないと演奏はできません。
楽譜を見ているだけでは意味ないし、まして指揮者は邪魔でしかないんですよね。
暗譜もそうだし、アドリブもそう、不完全な人間が超難しいソロを暗譜で演奏するから拍手になると思うんです。
それは、インプロ的に流動体のように変化するものであるのならなおさらです。
不完全で失敗する可能性があるからこそ、そこにチャレンジした人の演奏は尊いものになるし、その演奏を聴くということが喜びになると思っています。
実際に演奏するのは、人間の弱さだったり、強さだったり、上手くいったり、いかなかったりすることがテーマになっているので、不完全なものの方が親和性があります。(これ、言っている意味わからない演奏家はかなり重症だと思う)

これ、すごく大事なんだけど、今、楽譜見てクラシック音楽を演奏している人って、本当はわかっていない。
その辺に売っている楽譜を見て感動して、演奏して感動して、昔の人と繋がっているって実感持って感動することって本当にあるの?
イタコじゃあるまいし、「そう思って演奏している」って本気で思っているの?と、言いたくなります。
どうか、これからは、自分の頭で考えて楽譜を作って演奏するように心がけてほしいし、人間らしい営みとして音楽と向き合える人材になってほしい。
僕はずっと、そう思っています。

2026年3月22日 監督かじくん

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