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音楽監督って必要?

監督日誌

定期公演に向けての練習が始まりました。僕もメンバーも気持ち切り替えて、音楽を作るモードになっておりますが、本日はこれからの音楽家として求められる資質についてお話をします。

音楽監督はオワコン

プロデューサーみたいな人はまず、全体のデザインが理解できるというのが大切なポイントで、演奏時において俯瞰した全体像をイメージできる人材が求められています。さらに、全体だけみて理想に走る人はダメ。ディテールに気が付いて修正できるような人。このディテールに気が付くというのが大切になってくるポイントで、プロデューサー的な人が求められています。音楽や映像の世界でも同様なんだけど、監督みたいな人ってそろそろ不要になってきていると思うんです。

クオリティーの管理者はもういらない従来の狭い意味での音楽監督の役割は縮小・変質しており、逆により包括的な視点を持つ監督の需要が高まっていると思います。

かつて音楽監督というのは、譜面通りに演奏させる、ピッチやリズムを修正する、といった「音楽的な正しさ(クオリティ管理)」を現場で指揮することを指していました。でも、今の時代、こんなことしかできない音楽監督はすでにオワコン。今の時代、演奏者の技量はプロアマ問わず、学生に至るまで高いレベルで音楽表現できるようになっています。単にテンポを示して間違いを指摘する「交通整理」的な音楽監督は、逆に演奏の邪魔でしかないんですよね。では、何を作り出すのが必要なのかというと…。

「正解を作る」から「世界観を作る」

「音があっているのか」を確認する人ではなく、「この音楽が合致しているのか」を判断できる人が求められています。「合致している音楽」を判断して世界を作れる人が音楽監督だということです。

19世紀には当たり前だった、今の時代に求められているスキルを身につけることが必須だと思います。
つまり、20世紀は「作曲家→編曲家→写譜家→演奏家→音楽監督」という役割が明確でしたが、今の時代トラックメーカーが一人で完結させることが多くなってきているので、中間の指揮系統が不要になってきています。

21世紀の時代において、これからも、これまでのように、生身の人間として、演奏する行為が求められるとしたら、演奏家のクリエーションの技術に口出しするのは、もはや生身の人間がする仕事ではありません。

そして、これからは、演奏家の作家性を最大限に活かす環境を整える人材が必要になってくると思います。

音楽監督の役割の統合

これまでお話ししましたが、「ただ音楽を指揮する人」の席はなくなりつつあります。(それに気が付いていない人も多くいますが…)これからは、音楽を俯瞰して「作品全体のトーン&マナー」を決定し、演奏者に発注できなければなりません。特にサウンドのインスタレーションを考えて、マニュピレーションできない監督は絶滅することになります。

僕の仕事は、クレモナという優秀な演奏者たちのアイデアを今以上に引き出し、一つの方向にまとめ上げて、それを社会に売り込むことになります。つまり、プロデューサー的な感覚を持つファシリテーターとしての、僕のスキルに期待したいということです。なので、これからは「監督」と、呼ばないようにしてください。今後、僕の敬称は「マエストロ」になります。

演奏者も聴衆もみんな「正解」を知っていますサブスクでいくらでも演奏が聞ける時代、これまでの「正解」はみんな知っているんですよ。それをことさら、「これが正解です」と言ったとして、それが何になるのでしょうか?

また、みんな知っている「正解」が集まったとしても、感動的な音楽になるとは限りません。

そして、聴衆は「正しい演奏」にお金を支払うのではなく、「その瞬間にしか生まれない熱量」にお金を払っています。その熱狂の渦の中にいるカリスマ性が、僕の求める「マエストロ」で、文脈を作り出す存在です。

音楽監督から「マエストロ」へ

という感じで、今後の定期公演では、今までとは違って、僕も客席に座って聴くことにします。どうぞ、客席にて皆さまにお会いできるのを楽しみにしています。チケット、現在絶賛販売中。

よろしくお願いいたします。

2026年3月1日 監督かじくん

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